速球王の苦悩

夜、眠れない。
不安が心の中でとぐろを巻いている。
焦りがある。
落ち着かない。
そんな状態を長くつづけていたら気が狂うのではないかとさえ思った。
自分のベストのピッチングをしていたときのことは、自分が一番よく知っている。
体の切れ、球速、コントロール
すべてが完璧だった。
そこに戻らなければならない。
しかし、現実にはキャッチボールも満足にできないのだ。
暗闇にロウソクを一本、立てる。
炎をじっとみつめて過ごす。
乱れに乱れる心を静めるだ。
夜、流れ星を見つける。
星が流れたとき、祈る。
あるいは滝に打たれる。
以前だったら、とてもそんなことはできなかった。
ロウソクの炎を見つめていたら、ものの5分でうんざりしてしまっただろう。
バカバカしくって、滝に打たれてなんか、いられなかったはずだ。
しかし、そうでもしなければ落ち着かないことがあることをその時期に、彼は知った。
村田には、過去十数年のうちに築いたものがあった。
それを崩壊させてしまいたくなかった。
山際淳司