猫の爪は一切

爪のない猫!
こんな、たよりない、哀れな心持ちのものがあろうか!
空想を失ってしまった詩人、早発性痴呆に陥った天才にも似ている!
この空想はいつも私を悲しくする。
その全き悲しみのために、
この結末の妥当であるかどうかということさえ、
私にとっては問題ではなくなってしまう。
しかし、はたして、爪を抜かれた猫はどうなるのだろう。
眼を抜かれても、髭(ひげ)を抜かれても、
猫は生きているにちがいない。
しかし、柔らかいあしのうらの、鞘のなかに隠された、
鉤(かぎ)のように曲った、匕首(あいくち)のように鋭い爪!
これがこの動物の活力であり、智慧であり、精霊であり、
一切であることを私は信じて疑わないのである。
梶井基次郎